ウミガラス
種名
和名 | ウミガラス |
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学名 | Uria aalge |
英名 | Common Murre |
絶滅危険度
日本(環境省):絶滅危惧IA類(CR) |
法的保護
ウミガラスは1993年に国内希少野生動植物種(絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律)に指定された。
1982年には繁殖地である天売島全域を国指定天売島鳥獣保護区、2011年に海鳥繁殖地が天売島特別保護地区として指定(鳥獣保護管理法)された。さらに1990年に暑寒別天売焼尻国定公園(自然公園法)、2001年に天売島の西海岸が天売島海鳥繁殖地として天然記念物に指定(文化財保護法)された。
個体数減少の原因
オロロン鳥の愛称で親しまれているウミガラス Uria aalge は、北半球寒冷地域に分布するウミスズメ科の海鳥で、国内ではかつて松前小島、天売島、ユルリ島、モユルリ島、根室市落石岬に繁殖コロニーがあり、1960年代には北海道内での推定個体数が約10,500羽であり、天売島ではそのうち約8,000羽が確認されている。しかし、個体数は激減し、1980年代後半には国内での繁殖地は天売島のみとなった。減少要因としては、サケ・マス流し網による混獲や餌資源の減少、ハシブトガラスやオオセグロカモメなどの捕食者の影響などが考えられる。
保護活動の歴史
1980年代後半になると、天売島の個体数は約300羽にまで激減したため、1987年から環境省、北海道、羽幌町、各関係協力機関、地元自治体が中心となりウミガラスの保護事業が開始された。
1987年から1991年にかけて、ウミガラスの生息実態および減少要因を追究するため調査を実施し、1989年にはヒナが捕食者から避難できるような円錐状の擬岩の設置やニューファンドランドのグリーン島の事例を参考に岩を積み重ねた人工的な営巣場所の造成を実施した。翌年の1990年からは赤岩対岸の崖にある閉鎖的な窪み(以降繁殖巣棚とする)や、屏風岩、カブト岩に、誘引対策としてデコイを設置した。1991年からは音声装置による誘引や捕食者対策も開始した。
その後、環境省が主体となり、2001年にウミガラス保護増殖事業計画を策定し、2003年から保護増殖事業として本格的な誘引対策や捕食者対策を実施している。
その結果、2006年には屏風岩に50羽が飛来し、産卵も確認された。しかし、屏風岩は開けた場所であるため捕食者に襲われやすくヒナの巣立ちは確認されなかった。
その後も巣立ち雛が確認されない年が続いたため、2009年からは重点的な誘引場所を屏風岩から赤岩対岸の繁殖巣棚に移し、音声やデコイによる誘引や捕食者対策などの保護対策を実施した。2011年には、捕食者対策を強化し、海鳥繁殖地周辺でのエアライフルによる捕獲を実施した。また2012年には、赤岩対岸の繁殖巣棚内に小型カメラを設置し繁殖状況のモニタリングを開始した。
それらの取り組みが功を奏し、2011年以降は飛来数、つがい数が徐々に増え、巣立ち成功率も上がり巣立ち雛数も徐々に増えてきている。
繁殖分布と個体数の現状と動向
ウミガラスは、北太平洋や北大西洋、北極海の亜寒帯に分布しており、生息数は太平洋に500万つがい、大西洋に400万つがいと推定されている。太平洋の繁殖分布域は北緯約38~70度で、オホーツク海沿岸、カムチャッカ半島、千島列島、コマンドル諸島、ベーリング海沿岸、サハリンのチュレニー島、朝鮮半島北部の小島で繁殖し、北海道の天売島は北太平洋の繁殖分布の南限付近に位置している。そして現在日本国内では天売島の赤岩対岸にある繁殖巣棚でのみ営巣している。
2000年に入り、天売島に飛来する個体数は十数羽という年もあったが、2011年以降は20羽から徐々に飛来数が増え、2020年には65羽を確認することができた。また巣立ち成功率(巣立ちに成功した巣数/営巣数*100)ついては、捕食者対策を強化する2011年までは33%と低い割合であったが、捕食者対策強化後の2011~2019年は平均巣立ち成功率が78%となっており、2020年は24羽の巣立ち雛を確認することができた。太平洋での巣立ち成功率が40~60%であることに比べても高い割合となっている。このことから、エアライフルによる海鳥繁殖地周辺での捕食者の捕獲は一定の効果があったと言える。
現在の繁殖巣棚がキャパシティー(推定75つがい程度)に達し、新たに繁殖に参加したつがいが新規の場所で営巣し始めた場合、新規の場所で営巣を始めたつがいは、捕食者に狙われやすく、巣立ち成功率は現在の繁殖巣棚での巣立ち成功率よりも低い数値となることが考えられる。そのため、10年後のつがい数は75つがいとなることも考えられる。しかし、現在の巣立ち成功率が維持され、巣立った個体が毎年天売島に戻り営巣し、つがい数が指数関数的に増加していった場合、10年後には126つがいとなることが予測された。
繁殖集団間の遺伝学的関係
ウミガラスは5~8亜種が確認されており、太平洋には inornata と californica の2亜種が生息し、ワシントン州以南を除く北太平洋には亜種 inornata が分布する。天売島の個体群の遺伝学的関係はまだ明らかとなっていない。大西洋の個体群では主に北部で夏羽の時期に、アイリングと目の後方が白い個体が確認されているが、太平洋の個体群では確認されていない。
生態
ウミスズメ科の大型種で、全長43㎝、体重945~1044gの海鳥。採餌の時には140mまで潜水することがあるが、通常の採餌では20~50m程度潜水し、主にイカナゴ、カタクチイワシ、ニシン、ホッケ、アイナメ、スケトウダラなどの中層遊泳性魚類を採餌する。
繁殖期になると亜寒帯の離島や海岸の断崖で集団営巣し、コロニーの密度は、多い時には1㎡に20つがいとなる。巣立った雛は同じコロニーに戻り、4~6齢で産卵を始めると報告されている。天売島においては、3月中下旬に飛来し、繁殖地周辺で群れをなして大半の時間を海上で過ごす。産卵期が近づくにつれて、繁殖巣棚での滞在時間が徐々に長くなり、求愛ディスプレイの時にはオスとメスが交互に「おじぎ」を行う。5月下旬になると、巣を作ることなく地面に直接大きな洋梨型の卵を1個産む。つがいは一夫一妻で、雌雄交替で26~39日間抱卵する。6月下旬に孵化し、半早成性のヒナは16~25日間親鳥の給餌を受け、夜間に巣棚から飛び降りて巣立つ。巣立ち後は、45~60日間海上でオス親がヒナの世話をする。天売島における繁殖個体群の巣立ち後の動向は明らかではないが、8月から10月まではオホーツク海で越夏していると推測されている。非繁殖期は冬鳥として北日本の海上に渡り、太平洋側では銚子沖、日本海側では舳倉島や隠岐で記録が確認されている。また越冬期に日本周辺海域に飛来するウミガラスには、天売島の個体群だけでなく、国外の繁殖個体も飛来してくると考えられる。
個体数に影響を及ぼすおそれのある要因
- 捕食者による卵やヒナの捕食
天売島における繁殖つがい数の減少は、ハシブトガラスとオオセグロカモメといった捕食者による卵やヒナの捕食が主要因の一つであった。そのため、1991年から捕食者対策を実施し、2011年からは更に対策を強化し、繁殖巣棚付近において空気銃による捕食者の捕獲を実施している。 - 餌資源の減少
ウミガラスの主要な餌資源はイカナゴやホッケ、ニシンなどであるが、資源量は水温、海流、餌量などの海洋環境の影響を強く受けるため、1990年代に入りイカナゴの資源量は激減している。日本周辺水域においては、1990年代以降温暖レジームにあり、カタクチイワシなどの資源状況が良好だったが、近年は魚種交替が生じ、寒冷レジームに移行しつつある可能性が示唆されている。 - 漁網による混獲
1980年代に北西大西洋において、ウミガラスの個体数減少が認められ、刺し網漁による混獲が減少要因として挙げられており、北海道におけるウミガラスの繁殖数減少も、サケ・マス漁の刺し網や流し網による混獲が要因の一つとして考えられている。一方で、混獲状況に関する情報が不足しているため、漁業関係者と協力し情報収集に努めることが重要である。 - 油による海洋汚染
油による海洋汚染は世界各地で多発し、毎年数千羽のウミガラスが影響を受けていると言われている。油は、羽毛の撥水、保温機能を低下させ、毒性により消化管の機能不全などを引き起こし、海鳥が死に至るケースも少なくない。1989年にはアメリカのアラスカ沖で、エクソン・バルディーズ号による重油流出事故が発生し、推定25万羽の海鳥が死に至り、そのうち約15万羽がウミガラスだと報告されている。国内では1997年に日本海でナホトカ号重油流出事故が発生し、海鳥や生態系に多大な影響を及ぼした。 - 気候変動
2014年から2016年にかけて、海水温が極端に高い状態となる「ブロブ」が発生し、これに加えてエルニーニョ現象が重なり、カリフォルニアからアラスカまで広範囲に及ぶ地域に海洋熱波が生じた。このことにより、2015年夏から2016年春にかけて、カリフォルニアからアラスカまでの海岸で死亡、もしくは瀕死状態にあるウミガラスが6万2000羽確認された。ほとんどの個体がやせ細っていたことから、飢えによるものと推察されている。また、2017年までの大量死後、広範囲における複数のコロニーでの繁殖障害も報告されている。海水温の上昇により生態系に甚大な影響を及ぼしたと考えられる。
主な保護課題
- 現在、繁殖巣棚にカメラを設置し、飛来・繁殖状況をモニタリングしている。また、地域住民と連携し目撃情報収集や海上に浮いている個体群のモニタリングなども実施している。しかし、近年は繁殖巣棚の浸食や繁殖巣棚へのアクセスルートの浸食が問題となっているため、今後も継続的にモニタリングするための手法やモニタリング項目については随時検討していく必要がある。
- 繁殖巣棚において、誘引対策および生息環境の維持・改善として、飛来・繁殖状況に合わせたデコイの再配置・撤去を実施している。しかし、現在の繁殖巣棚以外に繁殖地を拡大し繁殖成功させるための手法が確立されていないため、誘引効果の高い音声やデコイの位置などを検討し随時取り入れるようにする。
- エアライフルによる捕食者の捕獲や巣落とし、カラス類の個体数調査等の捕食者対策を実施しているが、現在の繁殖巣棚以外ではウミガラスのヒナや卵の捕食が問題となる可能性があるため、捕獲圧を上げるなどの対策を検討する必要がある。
- 北海道海鳥センターでの展示やHP、SNSでの情報発信、報道機関へのプレスリリース、住民向け報告会などを実施しているが、更に多くの方に興味を持っていただけるように普及啓発活動を促進する。
- 天売島の個体群の生態情報が少なく、飛来個体の由来が明らかとなっていないため、天売島の個体群と太平洋の個体群の遺伝学的関係をゲノムDNAから解析する。
執筆者
岩原 真利(環境省羽幌自然保護官事務所)
参考文献・資料
- Anthony J.Gaston and Ian L. Jones (1998) The Auks Alcidae. Oxford University Press:133-147
- Jim Enticott and David Tipling (2002) SEABIRDS OF THE WORLD. Oxford University Press:214
- 千嶋淳2013.北海道の海鳥1 ウミスズメ類①.NPO法人日本野鳥の会十勝支部:22-26
- Byrd GV, Murphy EC, Kaiser GW, Kondratyev AY & Shibaev YV (1993) Status and ecology of offshore fish-feeding alcids (murres and puffins) in the North Pacific.
- Morris-Pocock,J.A.,Taylor,S.A.,Birt,T.P.,Damus, M., Piatt, J.F., Warheit, K.I. and Friesen, V.L. (2008) Population genetic structure in Atlantic and Pacific Ocean common murres (Uria aalge): natural replicate tests of post-Pleistocene evolution. Molecular Ecology, 17:4859-4873.
- 環境省北海道地方環境事務所(2020)令和元年度ウミガラス保護増殖事業報告書