日本の絶滅危惧海鳥類

絶滅危惧IB類(EN)

撮影者:鈴木 創

種名

和名 オガサワラミズナギドリ
学名 Puffinus bannermani
英名 Bannerman's Shearwater

絶滅危険度

日本(環境省):絶滅危惧IB類(EN)

法的保護

 この種に対する特別な保護は行なわれていないが、繁殖地となっている小笠原群島の島嶼は「国指定小笠原群島鳥獣保護区(特別保護地区)」に含まれ、また、国立公園の特別保護地区に指定(1972年)されている。硫黄列島の繁殖地は南硫黄島原生自然環境保全地域に指定(1975年)され、全域が立入制限地区になっている(自然環境保全法)。また、小笠原諸島は世界自然遺産にも登録(2011年)されている。

独立種オガサワラミズナギドリの復活について

 この鳥はかつて、独立種オガサワラミズナギドリとして扱われていたが、戦後の日本鳥類目録の改訂において、大西洋,太平洋,インド洋に広く分布する種セグロミズナギドリAudubon's Shear-water の亜種と位置づけられてきた。しかし近年のDNA研究により、広域に分布する種セグロミズナギドリ(学名:Puffinus lherminieri)と別種であることが2018年に確認された。研究を実施した(国研)森林総合研究所、北海道大学、NPO法人小笠原自然文化研究所は共同でこの海鳥の呼称を「オガサワラミズナギドリ」に戻すことが提言されている。このように小笠原諸島に生息するこの海鳥種は、セグロミズナギドリ別種であることから、本稿においては「オガサワラミズナギドリ」という名前を使用する。なお、呼称変遷の詳細な経緯については、川上ら(2019)を参照のこと。

繁殖分布と個体数の現状と動向

 オガサワラミズナギドリは小笠原諸島に固有の海鳥で、硫黄列島の南硫黄島および小笠原群島の父島列島の島嶼でのみ繁殖が見つかっている。父島列島の島嶼の繁殖個体群は非常に小さいと考えられる。南硫黄島では数万〜数十万組程度が繁殖していると推定されており、小笠原集団のほとんどが南硫黄島の繁殖個体群と考えられる。第二次世界大戦前に繁殖記録(1930)がある硫黄列島の北硫黄島では、戦後は繁殖が確認されず、繁殖個体群は消滅したと考えられる。南・北硫黄島は、台風の常襲地帯に位置する急峻な山岳島で、そこにある繁殖地も大きな自然攪乱を受けやすい。このため、両島の繁殖個体群が存在することによって硫黄列島のオガサワラミズナギドリが存続してきた可能性が考えられる。現在は、南硫黄島の繁殖個体群のみとなっているため、同島で大きな自然攪乱や感染症等が発生した場合、種の存続に直結する状況が続いている。

生態

 オガサワラミズナギドリは、全長約30cm、翼開長約69cmの小型のミズナギドリ類である。上面は黒灰色で、下面は白色。翼の下面は白色で縁が黒色である。嘴は金属光沢のある青黒色である。小笠原諸島では3月頃に繁殖地に飛来して、集団繁殖地を形成する。岩の下や地面に穴を掘って、1腹1個の卵を産み、9月〜10月頃に巣立つ。南硫黄島の調査(2017)では、崩落地で高い密度の生息が確認されており、低標高地の崩落地の岩の間などを主要な生息地としている可能性が高い。南硫黄島は地形が急峻で常に新たな崩落が生じているため、島全体としては生息地が維持されているものと考えられる。巣立ち後の死亡率や繁殖開始年齢など、生活史生態はまだ明らかにされていない。

個体数減少の原因

 現在、オガサワラミズナギドリの繁殖地は南硫黄島及び、小笠原群島父島列島の島嶼のみとなっている。過去に繁殖記録がある北硫黄島において、現在繁殖している海鳥は、カツオドリ、アカオネッタイチョウなどの大型海鳥のみで、オガサワラミズナギドリを含む小型・中型の地中営巣性海鳥の繁殖は一切観察されていない。北硫黄島と南硫黄島において、地中営巣性の海鳥生息に関わる生息要因の差異は、外来ネズミ類の侵入の有無である。現在も、オガサワラミズナギドリの繁殖地が維持されている南硫黄島はネズミ類が未侵入であるが、北硫黄島では、人の居住時期に侵入したネズミ類が現在も生息している。北硫黄島のオガサワラミズナギドリや小型の海鳥の繁殖集団が消滅した理由は不明であるが、クマネズミによる食害におより消滅した可能性が高い。

 小笠原群島父島列島内の繁殖地では、2006年に突如としてアナドリやオーストンウミツバメに対するクマネズミの苛烈な食害が発生しており、同時期にオガサワラミズナギドリも影響を受けていたものと考えられる(2007年〜2009年にネズミは駆除された)。

保護活動の歴史

 戦後初の繁殖確認(2007年)がされた父島列島の島嶼では、前年の2006年より外来哺乳類のクマネズミによる小型海鳥類への苛烈な食害が発生し、特にアナドリやオーストンウミツバメにおいて繁殖地が消滅する危険が生じた。同島はオガサワラミズナギドリ2箇所のみの繁殖地ともなっており(もう1箇所は南硫黄島)、小笠原群島の繁殖個体群の危機であった。希少海鳥類の繁殖地や希少植物を食害から守るため、2007年から2009年までにクマネズミの駆除が実施され、同島のネズミは根絶された。

個体数に影響を及ぼすおそれのある要因

 ドブネズミやクマネズミなどのネズミ類は、小型海鳥類の繁殖地となっている島嶼に侵入すると、卵やひなだけでなく成鳥をも捕食する。その結果、海鳥類の繁殖集団が急速に個体数を減らし、消滅の危機に追いやられる。2006年、小笠原諸島父島列島の島嶼で確認されたクマネズミによる食害は、アナドリなどの小型海鳥類の成鳥及び卵をほぼ喰い尽くすほど苛烈なもので、突如、同島の小型海鳥の繁殖地は消滅の危機に陥った(その後、父島列島の島嶼や聟島列島の聟島鳥島等でネズミ類の駆除が実施され繁殖地は維持された)。小笠原の経験から、ネズミ類による深刻な被害を受けやすい海鳥類は、地中に穴を掘るネズミ類と陸上の生活環境が重複する地中営巣性の小型海鳥でと考えられる。また、放棄卵や海鳥死体への摂食にとどまっていた島嶼でも、干ばつや台風等によってネズミ類に深刻な餌不足が発生すると、突発的に海鳥の生体の捕食が開始され、一気に全島に被害が拡大する事例が確認されている。小笠原諸島では、台風や干ばつなどの自然攪乱は不定期ながら確実に発生するため、食害が認められていなくても、ネズミが生息していることが、常に海鳥繁殖地を消滅させるリスクとなる。

主な保護課題

 最近の研究成果から、小笠原諸島で繁殖するオガサワラミズナギドリは固有種とすべきであることが明らかになっており本種の保全の必要性はこれまで以上に高まっており、小笠原諸島内でも特に保全の優先度が高い種であると考えられる。本種の絶滅リスクを下げるためには、北硫黄島など過去の繁殖地の環境を回復し、繁殖個体群を分散させることが望ましい。このためには、北硫黄島におけるネズミ類の排除が必要である。困難な課題であるが、多数の島で実践が進む小笠原諸島では、根絶成功から駆除失敗まで、さまざまな実例、知見が集積されており、まず、これらの情報の共有が急務であろう。同時に現在の限られた繁殖地に、ネズミ類の侵入及び再侵入があった場合には、繁殖個体群の消滅に直結する被害が生じる可能性が高い。このため、偶発的な侵入を予防する徹底的な対策と監視が不可欠である。

 父島や母島ではオガサワラミズナギドリ、シロハラミズナギドリ、オナガミズナギドリ、アナドリなどが保護されるが、その多くは有人島の灯りに誘引され、陸上に迷い込み失速又は衝突した不時着個体であり、巣立ち後の若鳥が多い。本来、無人島への不時着は生存への脅威にならないが、有人島では不時着後のネコ(ノネコ・外飼いネコ)による捕食や、交通事故、二次的な人工構造物への衝突事故など、人為環境下での連鎖が個体生存の脅威となる。通常、不時着事故は数個体程度事故であるが、巣立ち期に、新月、濃霧が重なると、有人島における大規模な光誘引の不時着事故が発生する可能性がある。小笠原群島のオガサワラミズナギドリは特に個体数が少ないため、多数個体の事故が発生しないように、日常的な監視と予防が必要である。

執筆者

鈴木 創(小笠原自然文化研究所)

参考文献・資料

川上和人・鈴木 創・千葉勇人・堀越和夫 2008. 南硫黄島の鳥類相.小笠原研究 44: 217–250.
川上和人・鈴木 創・堀越和夫・川口大朗 2018. 2017年における南硫黄島の鳥類相.小笠原研究 33: 111–127.
川上和人・江田真毅・泉 洋江・堀越和夫・鈴木 創 2019. 日本鳥類目録におけるセグロミズナギドリ和名変更の提案.日本鳥学会誌 68(1): 95–98.
Kawakami K, Eda M, Izumi H, Horikoshi K, Suzuki H (2018) Phylogenetic position of endangered Puffinus lheminieri bannermani.Ornithological Science l7: ll-18.
堀越和夫・鈴木 創・佐々木哲朗・千葉勇人. 2009. 外来哺乳類による海鳥類への被害状況. 地球環境 Vol. 14. No.1.103-105.
籾山徳太郎. 1930. 小笠原諸島並びに硫黄列島産の鳥類について日本生物地理学会会報 1, 89-186.
Hayato Chiba, Kazuto Kawakami, Hajime Suzuki and Kazuo Horikoshi. 2007. The Distribution of Seabirds in the Bonin Islands, Southern Japan. J. Yamashina Inst. Ornithol. 39: 1-17