日本の絶滅危惧海鳥類

準絶滅危惧種(NT)

写真:長谷川 博

種名

和名 オーストンウミツバメ
学名 Oceanodroma tristrami
英名 Tristram's Storm-petrel

絶滅危険度

日本(環境省):準絶滅危惧種(NT)

法的保護

 この種に対する特別な保護は行なわれていないが、繁殖地となっている主な島嶼は、国立公園の特別地域(伊豆諸島の神津島祗苗島・恩馳島)や天然記念物(天然保護区域)・国指定鳥獣保護区(伊豆諸島鳥島)、世界自然遺産・国立公園特別保護地区・国指定鳥獣保護区(小笠原諸島聟島列島・北硫黄島)に指定されている。

個体数減少の原因

 かつて伊豆諸島鳥島には、「無数に群棲する」といわれるほどの大繁殖地があったが、1920年代末から30年代にかけて羽毛を採るために数多く捕獲された。それでも1950年代まで、かなり多数の個体が島の北西側の斜面で草地の軟らかい地面に横穴を掘って営巣し、北部の溶岩流の岩の割れ目でも営巣していた。しかしその後、急激に個体数が減り、1960年前半には少数が島の北部の溶岩流地域と南東端に位置する燕崎のハチジョウススキ茂みの土中で営巣していた。さらに1970年代には、植生が衰退した燕崎での営巣が絶え、ごく少数が北部溶岩流地域のごく狭い範囲で営巣するだけになった。

 この原因は侵入種のクマネズミによる捕食(卵やひなだけでなく親鳥も)だと考えられる。鳥島ではクマネズミの個体数がほぼ周期的に大きく変動し、ときには個体数密度が急増し、昼間でもあちこちで姿が見かけられるようになるが、翌年から個体数が急減し、ほとんど目につかなくなる。オーストンウミツバメの個体数が少なくなった状況でクマネズミの「大発生」が起これば、オーストンウミツバメ集団は壊滅的な被害を受けるにちがいない。こうして鳥島集団が消滅の危機に瀕したと推測される。

 伊豆諸島神津島の属島にはクマネズミが侵入していないので、今なお、大繁殖集団がみられる。

 小笠原諸島では、かつて聟島列島や父島列島、母島列島、火山列島の北硫黄島、西之島で繁殖した記録がある。しかし、北硫黄島の繁殖集団は消滅したと考えられており、その要因は有人島時代に侵入したネズミ類による捕食と推察されている。聟島列島の聟島鳥島、父島列島の東島では、2000年代に確認されたクマネズミによる捕食によって、一時、繁殖集団が消滅する危機を迎えていたが、ネズミ類排除の実施により、繁殖集団はかろうじて生き残った。ネズミ類対策が未実施の母島列島の鰹鳥島、小鰹鳥島などでは繁殖集団の存続が危ぶまれている。西之島では、2013年以降の噴火活動によって溶岩が大量に流出し、かつての繁殖地が溶岩流の下に埋没した。現在の繁殖状況は不明である。

保護活動の歴史

 伊豆諸島鳥島は1933年から10年間、禁猟区に指定されたが、ほとんど効果はなく、羽毛採取のための捕獲が続いた。その後ずっと保護対策はとられなかった。最近、2013年から2020年まで、国指定鳥島鳥獣保護区保全対策事業が実施され、その一部として小型海鳥類(オーストンウミスズメ・カンムリウミスズメ)の繁殖地の保全が取り組まれた。島の北部の溶岩流地域の南側(手前にあたる)の一帯に殺鼠剤を撒布して、クマネズミの個体数を減らし、海鳥類繁殖地への侵入を防止した。

 小笠原諸島聟島列島の聟島鳥島(および聟島本島)、父島列島の東島、巽島では、2007年から2009年までに殺鼠剤が撒布され、クマネズミの排除に成功し、海鳥類や希少植物への食害が防止された。

繁殖分布と個体数の現状と動向

 伊豆諸島神津島の東にある祗苗島(ただなえじま)では数万羽が繁殖し、西にある恩馳島(おんばせじま)でも多数が繁殖している。これらの島嶼には陸上捕食者であるネズミ類が生息していないため、個体数が減少する恐れはない。また、祗苗島では自然植生が保たれていて、土壌の浸食によって営巣地が喪失する恐れもない。ただ、成鳥や巣立ち直前のひなは空中捕食者に捕食されることがある。神津島本島から群れで飛来するハシブトガラスによって巣立ち期のひなが巣口から引っ張り出されて捕食され、海に出遅れて草陰に留まっている成鳥も襲われる。たまに、成鳥や巣立った幼鳥が昼間に島から海に飛び出すと、それを目ざとく見つけたセグロカモメやオオセグロカモメ、ウミネコによる追跡を受け、空中や水面に着水したときに捕食されることがある。しかし、それらによる被害は軽微で、この繁殖集団は安定している。

 伊豆諸島南部の鳥島では、島の北部の千歳浦にある溶岩流の割れ目の奥(クマネズミの侵入を受けにくい)に営巣している。その個体数はおそらく数百羽未満で、繁殖集団の存続が危ぶまれる。八丈島の西にある八丈小島の離礁、小池根(こじね)でもごく少数が繁殖する。

 現在、小笠原諸島で繁殖が確認されているのは、聟島列島の北之島や聟島鳥島、父島列島の東島や巽島、母島列島の鰹鳥島や小鰹鳥島で、いずれも小さな島に限られている。安定的な繁殖地は、ネズミ類が未侵入の北之島と2000年代にクマネズミの駆除が実施された聟島鳥島、東島、巽島のみであり、それぞれの島の繁殖集団はつがい数で100組以下と推定される。

 日本列島以外では北西ハワイ諸島で多数が繁殖し、そこでは個体数が安定している。そのため、世界的にみれば絶滅の恐れはない。

生態

 全身黒褐色の小型の海鳥で、体重は約90g(4月)、両翼を広げた長さは56cmである。外洋域で水面に浮遊する動物プランクトンを捕食する。空中捕食者による捕食を避けるため、日がとっぷり暮れてから集団繁殖地の島に帰り、未明の暗いうちに島を離れる。

 伊豆諸島神津島の祗苗島では、11月に繁殖地の島にもどって巣を補修し、1月上旬から中旬に1個の卵(長径39.8mm、短径29.4mm、重さ約18g)を産む。3月に孵化し、ひなは両親に保育されて育ち、巣立ちは5月上旬から始まる。

 繁殖後に、伊豆諸島沖から房総半島沖を北上し、東北地方や北海道の沖の北太平洋で非繁殖期を過ごすと推測される。巣立ち後の死亡率や繁殖開始年齢など、生活史生態はまだ明らかにされていない。

個体数に影響を及ぼすおそれのある要因

 ドブネズミやクマネズミなどのネズミ類は、小型海鳥類の繁殖地となっている島嶼に侵入すると、卵やひなだけでなく成鳥をも捕食する。その結果、海鳥類の繁殖集団が急速に個体数を減らし、消滅の危機に追いやられる。この実例は伊豆諸島鳥島で起こった。2006年、小笠原諸島父島列島の東島で確認されたクマネズミによる食害は、アナドリなどの小型海鳥類の成鳥や卵がほぼ喰い尽くされるほど苛烈で、突如、同島の繁殖集団は消滅の危機に陥った。その後、東島や巽島、聟島列島聟島鳥島でネズミ類の排除が実施され、繁殖集団は回復した。ネズミ類が未侵入の火山列島の南硫黄島では、小型海鳥類から大型海鳥類まで多種多様な海鳥類が大規模に繁殖している。一方、ネズミ類が侵入している北硫黄島では、小型・中型の海鳥類の繁殖集団が消滅した。

主な保護課題

 繁殖地の島嶼へのネズミ類の侵入防止。ネズミ類が繁殖地の島嶼に侵入すると、小型海鳥類の繁殖集団に壊滅的な影響を及ぼす。したがって、ネズミ類の偶発的侵入を予防する徹底的な対策が必要である。また、ネズミ類によって減少した海鳥類の繁殖集団を回復するためには、それらを排除すること(非常に困難な課題であるが)が必要である。小笠原諸島では、多数の島嶼でネズミ類排除の実践が進み、排除の成功から失敗までさまざまな実例・知見が集積されている。これらの情報の共有が重要である。

執筆者

長谷川博(東邦大学名誉教授)
鈴木 創(小笠原自然文化研究所)

参考文献・資料

Chiba, H., Kawakami, K., Suzuki, H. and Horikoshi. K. 2007. The Distribution of seabirds in the Bonin Islands, southern Japan. J. Yamashina Inst. Ornithol. , 39:1-17.
藤澤 格. 1967.『アホウドリ』8+172pp. 刀江書院.
堀越和夫・鈴木 創・佐々木哲朗・千葉勇人. 2009. 外来哺乳類による海鳥類への被害状況. 地球環境, 14:103-105.